獣医コラム/分娩の管理(9) ― 良い牛に育てるために(5)
コラム
ここ数回のコラムでは初乳に関するお話をしていますが、一度少し整理しましょう。ここでは初乳に関するポイントを以下の4つに分類しています。
(1) 初乳の要因
(2) 子牛側の要因
(3) 母牛側の要因
(4) 環境の要因
前回までで「(1) 初乳の要因」の話が終わり、今日は「(2) 子牛側の要因」をお話しします。子牛の状態によって初乳の吸収率はどう変わるのか?そもそも、初乳を飲まない牛がいるがその原因は何なのか? 今回のポイントは、以下の2つです。
・病原微生物の侵入
・腸の蠕動(ぜんどう)
以下で順に見ていきましょう。
● 病原微生物の侵入 ― 細菌によってIgG吸収率は落ちる
こちらは、「(1) 初乳の要因 ― 汚染」と同様ですが、子牛の消化管に病原微生物、特に細菌が侵入すると、IgGの吸収率が低下します。この理由ですが、背景には子牛が初乳を吸収する特殊な仕組みが関係しています。
IgGは体が吸収する物質としてはサイズが大きな方なので、通常の栄養素と同じ様には吸収できません。効率よく吸収するために、生後24時間以内の子牛の消化管では、以下の2つの事が起こっています。
・第四胃の胃酸の量が少ない
・腸壁から大きな物質をそのまま飲み込む(ピノサイトーシス)
これらは、非常に貴重で大切なIgGをしっかり吸収するための仕組みですが、実は病原微生物にとっても非常に都合が良くなっています。つまり、「通常では第四胃の胃酸で殺菌されるはずが、殺菌されずに腸管へ侵入する」「腸壁のピノサイトーシスを利用して体内に侵入する」という事が可能になります。
この様な事態は子牛にとっては好ましくないので、体の方も侵入してきた細菌に対して防御反応を示します。その一つが「ピノサイトーシスを制限する」という反応であると考えられています。その結果、子牛の体は細菌の侵入を防げますが、同時にIgGの吸収も諦めることになります(もちろん、細菌がIgGにとって代わって吸収される事で、物理的にIgGの吸収率が落ちることも大きな要因です)。
つまり、もし細菌に汚染された初乳を飲んだり、または初乳より先に細菌が侵入すると、例えBrix値が高く低温殺菌をした良質な初乳であろうと、IgGの吸収率は30%〜60%も低下します(平林ら、2018;Gelsingerら、2015)。その結果、しっかり初乳を飲ませていたとしても満足にIgGが吸収されず、それどころか、「翌日には下痢をしている」という事態にもなりかねません。
この様な事態を防ぐ上で最重要なことは「分娩させる環境を綺麗に保つ」ということです。実は、子牛に細菌が侵入するタイミングとして一番多いのは「分娩直後」です。分娩によって、子牛はこれまで無菌的であった「子宮内」から、雑菌だらけの「外界」にさらされます。その外界が糞便で汚染されている様な汚い牛床であった場合、子牛が生まれてきたその瞬間に、病原細菌がほぼ100%感染します。もし幸い、人の目と手が届く時間帯であった場合は、すぐに汚染された鼻や口周りを綺麗なタオルで拭ってあげられれば大きな問題にはなりませんが、そうでない場合、その後の初乳の吸収率は絶望的となります。母牛から輸血を行うなど、血液中に直接IgGを供給する手段を取らない限り、移行免疫不全(FPT:Failure of Passive Transfer)になることは確実です。
分娩する環境を綺麗に保つことは、母牛の産後子宮炎を防ぐ上でも重要です。利用する敷材のポイントは、
・水分量が少ない(⇔湿っていると細菌が増え、牛体に付着しやすい)
・粒子が大きい(⇔オガクズやモミ殻などは鼻・口や膣内に入りやすい)
・細菌や真菌(=カビ)に汚染されていない
などが挙げられます。この条件を満たす最も理想的な敷材は、今のところ「細断していない麦稈や稲藁などの長い乾草」だと考えられています。
次回は、子牛の要因のもう一点「腸の蠕動」についてお話しします。