獣医コラム/肢蹄病の原因と予防(4)- 蹄の病気について
コラム
先月まで肢の病気について掲載してきましたが、今月から蹄の病気について連載していこうと思います。
––– 感染性の蹄病:DD(Digital Dermatitis):趾皮膚炎 –––
蹄の病気については『感染性の蹄病』と『非感染性の蹄病(角質病変)』があり、代表的な病名は以下となります。
さて、感染性の蹄病としては『DD(趾皮膚炎)』が最も話題にあがる疾病かと思います。
DDは以前、PDD(Papillomatous Digital Dermatitis)=『乳頭腫状の趾皮膚炎』という呼び名が一般的でした。しかし、乳頭腫(=イボ)以外にも形状があるため、現在はDDという呼び名が一般的になってきています。
DDは皮膚〜皮下にかけて感染/炎症が起こっている病態を意味します(重度の場合には真皮深層まで感染)。蹄球から副蹄にかけてよく見られますが、毛根や皮脂腺が感染経路と考えられています(だからDDは同じ部位に発症するんだ!)。
よく『牛の水虫』などと表現されますが、飼養場所の衛生状態が悪く、皮膚の免疫機能が低下している場合にDDが発症しやすい傾向にあります。
反対に健康な皮膚にDDの原因菌を付着させても感染が成立しないという話もあるので、皮膚の健全性を保つ事がDD対策のゴールドスタンダードなのでしょう。
また、牛の起立時間が長いとDDが増加することもわかっており、以下の理由で感染リスクが上がるためと言われています。
・糞尿との接触時間が増える
・ケガで皮膚の損傷が増える(=皮膚のバリア機能低下)
つまり、暑熱期や暑熱明けにDDが増える理由としては、暑熱の影響以外にも以下の2点が挙げられます。
・牛が水を多飲→排尿量が増えて床の衛生状態が悪くなる
・暑くて牛が寝るのを嫌うため起立時間が長くなる
DDの原因としては複数の細菌が関与している事が示唆されていますが、Treponema(トレポネーマ)という細菌が関与している事は間違いないと言われています。
実は、このTreponemaという細菌は牛の第一胃にもいる常在菌です。正確に言うとTreponema属という細菌の中にも色々な種類のTreponemaがいます。つまり、第一胃の常在菌であるTreponema もいれば、DDの原因菌となるTreponema もいるという事です。
近年の研究では『第一胃の常在菌であるTreponema』と、『DDの原因菌となるTreponema』が一致した or 一致しなかった という報告どちらもあります。これは、牧場毎に存在するTreponemaの種類が異なる可能性を示唆していると推察されます。
とある牧場でDD罹患牛がいなかったのに、導入牛からDDが広まったという話を耳にする事があります。これは元々在籍していた牛の『第一胃の常在菌であるTreponema』とは異なる、『DDの原因菌となるTreponema』が牧場に侵入してしまったという事を意味していると考えられます。
では、同じような環境にいるにも関わらず、DDに罹患する牛と、反対に DDに罹患しづらい牛がいるのはなぜでしょうか?
結論から言うと『皮膚のバリア機能の強さ』に起因します。皮膚のバリア機能の強さは個体/品種/衛生環境/牛舎構造に影響を受けます。近年の研究ではTreponemaがバリアを通過 → 感染した場合、皮膚の免疫機能にエラーが発生しTreponemaを敵と認識できなくなると報告されています。つまり、何らかの原因で皮膚のバリア機能が低下しTreponemaが侵入すると、敵として排除できずTreponemaの増殖を許してしまうという事なのです。この時、不思議な事に全身の免疫機能はTreponemaを敵と認識できているそうです。しかし、全身をめぐり皮膚(局所)にたどり着くと、Treponemaを敵と認識できなくなるそうです(恐るべし!Treponema!)。
DDは多くの異名を持ちますが『ヒゲイボ病』『イチゴ病』などとも呼ばれます。どうやったら皮膚はあんな形になるのだろう…?と不思議ですが、どうやら皮膚を形成する『ケラチノサイト』と呼ばれる細胞にエラーが起こり、あの特徴的な異形を成すようです。近年、検査技術の向上により少しずつDDの解析が進んでいます。少しでも有用な対策/治療方法が確立することを期待するばかりです。
最後に、育成期のDDについて情報共有したいと思います。2024年4月のコラムに、DDに罹患した搾乳牛の経済損失を掲載しました。では、搾乳牛だけDDを予防すれば良いのかというとそうではなく、育成期にDDに罹患した牛に関しても以下のような経済損失が報告されています。
・初産305日乳量が200〜330kg減少する
・初産分娩後60日以内の淘汰率が上がる
初産牛のロスは牧場経営に大きな悪影響を与えます。将来の搾乳牛を守っていくためにも育成期からのDD予防がベストと言えます。
(文責:牧野 康太郎)
― 参考資料―
(1) Association of unique, isolated Treponemes with bovine digital dermatitis lesions
(2) Estimation of the relative impact of treatment and herd management practices on prevention of digital dermatitis in French dairy herds
(3) Digital Dermatitis in Dairy Cows/ A Review of Risk Factors and Potential Sources of Between-Animal Variation in Susceptibility
(4) Altered Microbiomes in Bovine Digital Dermatitis Lesions, and the Gut as a Pathogen Reservoir
(5) Characterization of Novel Bovine Gastrointestinal Tract Treponema Isolates and Comparison with Bovine Digital Dermatitis Treponemes
(6) Identifying host pathogenic pathways in bovine digital dermatitis by RNA-Seq analysis
(7) Digital dermatitis in cattle is associated with an excessive innate immune response triggered by the keratinocytes
(8) First-lactation performance in cows affected by digital dermatitis during the rearing period