酪農コラム /「水-安い栄養素?(最終回)」
コラム
「水-安い栄養素?」(全3回)は今回で最終回となります。
体内からの水のロス
体内の余分な水は、尿、糞、汗、呼気で排出されます。乳牛では、さらに乳と羊水としても体から水が出ていきます。1kgの乳の生成のために400~500ℓの血液が乳房を通過しますが、血液のほとんどは水でできています。水溶性の物質は、体内から尿として排出されます。
1970年代のカナダの研究では、牛の羊水は9~13ℓであるといわれており、母牛の年齢と子牛のサイズにより上下します。母牛は大量の水と栄養素を失いますが、分娩により腹腔内圧が下がるため、水と栄養素を再供給(摂取)しやすくなります。もし分娩前後の環境やその後の処理が不適切だと、水の欠乏症が発生することになります。
十分な水があることが、ほかのすべての栄養素が代謝されるための必要条件であり、水の欠乏は栄養素の代謝に大きな影響を与えます。冒頭に述べた、水以外の5大栄養素の過剰や不足を論じるときには、水があることが前提となっています。しかし、酪農の現場においては、そうではないケースも多く、清潔で十分な水を牛に与えることが忘れられたり、見落とされたりしています。
乳牛の病気が多い場合や、成績が思わしくない場合、水の供給方法(配管、ウォーターカップのタイプ、水槽など)の問題が見られることが多くあります。そのようなときには、ほかの5大栄養素の量や種類に気を使う前に、まず水のデリバリーをチェックし改善したほうが良いでしょう。例えば、田んぼに十分な水が引かれていなければ、植える稲の品種や肥料をどんなに工夫しても意味がないのと同じことです。
尿の量は、水をどれだけ飲めたかが影響します。高泌乳牛では、1日に15~25ℓの尿を排出します。去勢牛を用いた研究では、1日に18ℓの尿を排出している牛に対して、54時間にわたり水を与えないと、尿量は3.2ℓまで減りました。
糞に排出される水の量は、乾物摂取量と飼料中の水分に比例します。放牧やサイレージ中心の飼料体系では飲水量が減少します。ブリティッシュ・フリージアン種の牛を用いた研究(1985年)では、牛が排出する水の割合は、糞40.5%、尿28.9%、乳17.2%、汗12.1%、唾液として流れ出るロス1.3%でした。
水不足
牧場で飼育されている牛は、自動的、機械的に水が与えられ、だんだんと自然状況下で水を飲める状況は減ってきており、このため、牛が水を飲めない状況がさまざまな理由で発生します。例えば、給水機の故障、パイプの凍結、蛇口や弁の不調、責任感の無い従業員が原因となりますし、長い繋ぎ牛舎でパイプが細い場合や水圧が低い場合は一番遠い場所にいる牛は十分に水を飲めません。
水が飲めない状況は、フリーストールや放牧などよりも繋ぎ牛舎で多く発生します。繋ぎ牛舎では一つのウォーターカップを2頭の牛で共有する場合が多いですが、弱いほうの牛が水を飲みづらくなる状況が発生することもあります。
通常、体内の組織における水分割合は、ミネラルや蛋白質などによる浸透圧があるため一定のレベルに保たれています。ところが、体内に水が供給されなくなると、次のような代償的なメカニズムが動き出し、一定のレベルを保とうとします。
1 尿量が減り、糞中の水の割合も減る。
2 動物が自分の身を削って(組織を酸化、分解して)、代謝により水を作り出す。これは体重の減少につながる。
3 体表からの蒸発や汗による水のロスを抑えるため、じっと座って、なるべく動かないようにする。
4 水分の低い飼料を摂取しないようにする。
10%の水を失うと死に至る
十分な水が与えられないと、その動物の血液はだんだんと濃縮され、栄養素や老廃物を運ぶ能力が低下します。動物は脂肪のほとんど、蛋白質の約半分、そのほかの構成成分の多くを失っても生き続けられますが、体内にある水の10%を失うと死に至ります。
1980年代にイギリスで行われた泌乳初期(分娩後20~60日、ブリティッシュ・フリージアン種)の牛を用いた試験では、水を与えないと72時間後には体重が平均で100kg(体重の21%)減少しました。水を飲めていた間の乾物摂取量は13.8kgでしたが、水を与えなかった1日目は11.2kg、2日目は2.9kg、3日目は1.2kgに激減しました。乳量も21.9kgだったのが、20.3kg、11.4kg、6.1kgと減少しました。その後、水の給与を再開しても、体内の水のバランスが平常に戻るのに8日間もかかり、乳生産が元に戻るのには、さらに長い期間を要しました。
おわりに
牛を淘汰する理由はさまざまあります。しかし、淘汰する前に、その牛が十分に水を飲めていたかどうかをチェックした方が良いと思います。もしかしたら、衰弱する牛の数を減らすことができるかもしれません。
水を与えることは、治療することよりもずっとお金がかかりませんし、驚くほど大きな働きをしてくれます。
(「水-安い栄養素?)」おわり)