獣医/分娩の管理(4) ― 優良な子牛を獲得するために(3)
コラム
それでは、健康な子牛を獲得するために分娩前からの母牛の健康管理が重要である理由の3つ目です。
(1)妊娠末期2ヶ月の高い栄養状態は、胎子成長と新生子期免疫機能にとって重要
(2)その期間に胎子側で大きく成長するのは筋肉(+サシのもとになる細胞)
(3)妊娠初期の低栄養では、胎子の筋細胞数が増えず、将来の卵胞数も少なくなる
前回のコラムでは、妊娠末期2-3ヶ月の時期において筋肉一本一本の繊維が太くなる「筋肥大」という現象が起こっていて、これが胎子体重の増加の理由であることを紹介しました。ここで、前回の図1をもう一度掲載しますが、妊娠の初期から中期では筋繊維の数(筋細胞数)が増加します。
そして、この時期の胎子の体の中では多くの細胞が「細胞分裂による増殖」のステージにあり、筋肉と同じようにこの時期に増殖しておかないと、あとから数を増やすことが出来ない細胞が多くあります。その代表例が「卵細胞」です。詳しい説明は下に記載しますが、妊娠初期に母牛が低栄養状態であると、その母牛から生まれてきた子牛がメスであった場合、卵細胞の数が少ない牛になるため、将来的に卵胞も少なくなり、これはつまり「採卵牛として卵をたくさん摂ることが難しい」または単純に「繁殖能力が高くない牛(Mossaら、2012)ということにもなります。
(ちょっと難しい話ですが)詳しく説明しますと、妊娠初期の胎子には「細胞」というものがあり、こちらが将来卵子や精子になります。原始生殖細胞は、メスの場合は卵子のもとになる細胞へと分裂を続け、妊娠期間の初期に分裂が終わってしまうため、妊娠中に将来の卵胞数が決まってしまうのです。この「妊娠初期」がポイントであり、メス牛の卵巣機能低下(胞状卵胞数の減少/血中抗ミューラー管ホルモン濃度の低下)は、妊娠初期の母牛低栄養が原因であり(Mossaら、2013)、中期以降に母牛の栄養を制限したとしてもメス産子の将来の卵胞数は変わりません(Cushmanら、2014)(難しい話終わり)。
なお、いずれの場合でもメス産子の性成熟月齢や体重は変わらず、外見上から繁殖能力の違いはわかりません。
では、これらが現場で実際にどのように影響があるのでしょうか?注意すべきポイントは「泌乳している母牛の胎子」になります。
そもそも妊娠するためにエネルギー(特に“糖”)の充足が重要であることは疑問の無いところかと思いますが、搾乳している乳牛や、親付けの自然哺乳を行なっている繁殖母牛など、泌乳をしているお母さん牛では、そうでない牛に比べて低栄養状態になりがちです。この様な場合、胎子は将来的に卵胞数が少なく繁殖能力が低い牛になる可能性があります。事実、過剰排卵処置を行って採卵を行う場合、ホルスタイン乳牛では回収できる受精卵が10個前後であることが多い一方、黒毛和種繁殖牛では20-30個取れることは珍しくありません。これは、ホルスタインでは胎子初期に母牛が搾乳されている事がほとんどであるため、メス産子がその影響を受けた結果であると考えられています。
ホルスタインを用いたある研究(Greenら、2012)では、分娩後すぐに搾乳を止めた牛と通常搾乳の牛において、分娩後約60日から授精を開始したところ、受胎率や黄体の大きさに差は無かったものの、妊娠28-42日の胎子重量と胎盤重量は、搾乳を行っていない牛の方が有意に重かったと報告しています。これは、しっかりとコントロールされた飼養管理を行っていれば、泌乳の有無が受胎そのものに大きな影響は与えないものの、妊娠初期の胎子栄養には負の影響を与えていることを意味します。下の写真はこの研究の中で大きなインパクトのあるものですが、これほどの差があるとは驚きです。
以上を考慮するとある疑問が出てくるのですが、「ホルスタイン搾乳牛に和牛の受精卵を移植した結果生まれてきた和牛メス産子は、将来、採卵牛としての能力はどうなるのだろうか?」というものです。今は酪農家さんが和牛の受精卵を搾乳牛に移植するケースも増えてきていますが、この和牛メス産子の繁殖能力というのは、個人的に非常に気になっています。メス産子の採卵成績が悪ければ、これまでの研究の理論がそのまま通用しますが、そうで無い場合は、それはそれで新たなサイエンスの種が生まれることになり、とても興味深いです。