獣医/分娩の管理(14) - 良い牛に育てるために(10)
コラム
初乳製剤は何袋必要なのか?
冬の北海道では、特に黒毛和牛子牛を母牛につけておいて初乳を自由に飲ませることは容易ではありません。また、酪農家さんに限らず和牛繁殖農家さんでも季節関係なく生まれてから親には付けないという牧場さんも珍しくなく、その様な牧場さんでは初乳製剤のみを与えているケースが多いかと思います。その時に与える初乳製剤は、どれくらいの量が最適なのでしょうか?最低、どれくらいが必要なのでしょうか?
何よりもまず、初乳製剤を使う場合は製品に含まれている「IgG量」に注目してください。製品によって46〜100gなど記載されていると思いますが、初乳製剤のみで管理するときはミルクとして与えた量(リットル)ではなく、「子牛に与えるIgGの総量(グラム)」で考えなければいけません。実際にIgG量で考えた場合、黒毛和牛子牛では2袋では全く足りず、3袋でも足りない場合がほとんどです。多くの成書や海外の文献では「生後24時間における子牛の血清IgG濃度の目標値は10mg/ml」とする記載が多いですが、これは黒毛和牛には全く当てはまりません。黒毛和牛の場合、この数値を基準とする初乳給与戦略にすると、多くの子牛が病気になり、死んでしまう牛が少なくありません。図1のグラフは、ホルスタイン子牛における初乳からのIgG摂取量と、摂取後24時間での子牛血清IgG濃度の関係を調べたものですが、IgG摂取量が増えるほど血清IgG濃度が高くなっていることが分かります。また同時に、生後6時間以内での初乳摂取において子牛血清IgG濃度が上昇しやすいことも分かります(6時間以内であれば大きな差はない)。
このホルスタインにおける研究論文のデータをもとに、黒毛和牛でも同様に考えられるよう、体重換算の表にしたものが下の図2になります。
例えば、黒毛和牛において病気がまずまず抑えられてFPTにならない様にするには、24時間後の血清IgG濃度が20mg/dlを超えなければいけませんが(小原ら、2007)、その為に必要な初乳中のIgG量(*)は、生時体重30kgでは174.4g、35kgでは203.5g、となります。
(*生後6時間以内の哺乳が条件)
なお、実際に現場で「IgGはいくら必要なんだっけ?」となった際に簡単に算出する方法もあります。子牛の生時体重に対して表中最下段に記載の各係数を掛けると、大体必要な量に近い数値が出てきます。例えば、24時間後の血清IgG目標値が20mg/mlの場合は係数が「6」なので、必要なIgG量は体重30kgでは「30kg x 6 = 180g」となり、表に記載の「174.4g」と同等以上の数値が出てきます。
これを踏まえて改めて初乳製剤の必要量について考えてみると、仮に初乳製剤1袋にIgGが60g入っている場合、2袋=IgG120gでは20mg/mlに到底足りず、3袋=180g与えたとしても35kgの子牛ではまだ足りないことが分かります。
この一連の話を黒毛和牛で実際に確かめた研究もあり、現場の実態とも整合性が取れていることを確認しています。
この様に、目算でもいいので子牛の体重を評価/決定して、そこから必要なIgG量を計算する癖をつけると、勘や経験ではなく理論から病気に強い子牛に育てることができます。つまり、どんな子牛が生まれてきても誰が管理をしていても、病気に強い子牛にすることができます。
なお、和牛における病気に強い牛の基準値である“血清IgG=30mg/ml”とするには初乳製剤3袋でもまだ足りず、IgGが追加で100gほど(初乳製剤1〜1.5袋)必要です。初乳製剤のみで子牛に移行抗体(IgG)を付与しようとする場合、高い血清IgG濃度を達成するには相応のコストをかけなければ困難であると言えます。
この「和牛でIgG足りない問題(勝手に命名…)」ですが、実は上の図からも分かる通り、親につけて初乳を好きなだけ飲ませた黒毛和牛子牛や、初乳がふんだんに手に入る酪農家さんでは問題とならない場合もあります。時には、ホルスタインから生まれてくる和牛ET産子の方が「24時間後血清IgG30mg/ml以上」を達成できる可能性は高かったりします。
以上から、病気に強い和牛子牛を育てていこうと思った場合、思っていたよりもかなりたくさんのIgG(初乳または初乳製剤)が必要だということがわかるかと思います。ただそうは言っても多くの和牛繁殖農家さんでは初乳の量は限られており、初乳製剤にかけられるコストも安くはありません。その中で何とかしてFPTを回避する必要があります。
「なんとか血清IgG濃度が上がって病気に強い子牛になってくれないか…」というのは、誰もが望むことです。
次回は、そんな望みを叶える手段をご紹介しようと思います。