獣医/分娩の管理(17) - 良い牛に育てるために(13)
コラム
–––初乳中のIgGが減ってしまう要因–––
一方、せっかく初乳が確保できてもその乳汁中にIgGが十分量存在しない、というケースもあります。分娩前の母牛の管理において「何をするとより良いか」を知ることはもちろん大切ですが、適切な飼養管理を実施するベースや大前提として「何をしてはいけないか」「どういう点に注意しなければいけないか」ということを知っておく方が重要かもしれません。下記に当てはまる母牛の初乳はBrix計などでしっかり数値評価を行い、基準(Brix20%、など)に満たない初乳は使用を控える、または初乳製剤を追加することを推奨します。
今回はそれら注意すべき点を対策と共にご紹介したいと思います。
1.漏乳
酪農家さんではよく聞く「漏乳」ですが、肉牛の繁殖農家さんではもしかしたら馴染みのない言葉かもしれません。漏乳とはその漢字の通り、「乳頭から乳汁が漏れて外に出てしまう現象」のことです。
漏乳は時に分娩前にも発生します。初回搾乳前に漏乳が起こると、初乳中のIgG濃度が大きく低下します。IgGは牛乳と比べて比重が重いので、乳房の下に溜まりやすいです。そのため、漏乳が起こると乳房の下方に多く集まっているIgGは乳汁と共に外へ漏れ出してしまい、残った初乳中のIgG濃度は低くなります。
ある報告では、漏乳した初乳ではそうではない初乳に比べて、IgG濃度が1/4以上も少なかったとあります(斉藤ら、2007)。私の顧客牧場さんでも過去、普段はBrix値が23〜25%ほどあるのに、漏乳した個体から得られる初乳では15〜17%にまで低下してしまうケースを確認しています。
【対策】
漏乳の原因は「乳頭口を閉じる役割を果たす『乳頭括約筋』が緩んでしまうこと」です。
括約筋が緩む事象は「筋肉が正常に機能していない」と捉えることができますが、これは、酪農家さんではよくご存知の「低カルシウム血症」の一症状です。つまり漏乳を防ぐための対策は、低カルシウム血症を防ぐこととほぼ同義になります。
2.短すぎる乾乳期間
乳牛において、乾乳期が非常に短い場合(21 日未満)や乾乳期がない場合は、初乳の品質が低下します(Rastaniら、2005)。これは、初乳ができるメカニズムを考えるとわかりやすいかと思います。
初乳中の抗体は、母牛の血液中から乳腺細胞を介して初乳中に移行してきます。牛の血液から初乳への抗体(特にIgG)の移行は、分娩の約5週間前から始まり、分娩前の最後の2週間で最大になります(Brandonら、1971;Barrington and Parish、2001)。つまり、様々な報告であるように、一般的な乾乳期間である40-60日を確保していれば問題ありません。
なお、2産以上の経産牛において乾乳期間を 28 ~ 40 日に短縮してもIgG濃度をはじめ初乳の質に大きな影響はないですが、同40 日未満では初乳の量が少なくなる可能性が示唆されています(Rastaniら、2005)。
また近年、搾乳牛の周産期疾病低減を目的にした「無乾乳管理」の有用性も多くの実践例で証明されてきていますが、初乳中IgGの視点から見ると、負の影響が大きいです。乾乳期間を取らないことで、初乳中IgG濃度が1/3以上も減少します(乾乳無しvs乾乳28日以上 = 49.8mg/ml vs77.9mg/dl)(Rastaniら、2005)。
【対策】
少なくとも 4 週間(28日)、理想的には40日以上の乾乳期間を確保する。
3.初回搾乳の遅れ
前述の通り、牛は分娩前から初乳の産生が始まります。そして乳腺細胞では分娩を境にIgG含有量の少ない乳汁の合成がスタートします。つまり、分娩から搾乳までの時間が長くなることで乳量は増えるのですが、初乳は希釈されることでIgG濃度は低くなります。初乳中IgG濃度は分娩から搾乳まで1時間あたり平均3.7%希釈されるという報告(Morinら、2010)もあります。これはつまり、分娩後 8 時間後に初めて搾乳された牛の初乳は 29.6% 希釈されていることになります。実際、分娩から搾乳までの時間が長いほど、子牛における血中IgG濃度が低かったとする報告も複数あり(Kruse、1970;Meyer、1965)、分娩後の初乳搾乳は可能な限り早く実施することが推奨されます。
【対策】
可能な限り分娩後早期に初乳を搾乳することが推奨されます。これに関して、具体的に「何時間以内に搾乳する」という基準を提示することはできません。これは下図の2をご覧になれば分かりますが、個体ごとのバラツキが大きいためです。出来得る方法として、初乳の品質を担保するためにBrix値を測定されている牧場さんではその初乳が分娩から何時間後に搾乳されたものかをデータ解析すれば「分娩から〇〇時間以上経過した初乳では低品質のリスクが高まる」など一定の傾向は得られるかと思います。
(次回へ続きます)