獣医/分娩の管理(35) ―次の妊娠・分娩へ向けて(10)
コラム
––– 分娩のその時に難産になる!? –––
前回までの話で、難産がその後の繁殖に大きな悪影響を与えることをご紹介しました(1、2)。またその一方で、難産は分娩前の飼養管理によってコントロールでき減らせることも過去のコラムでご紹介してきました。
(http://www.taiseishiryo.jp/tp_detail.php?id=84 )、
(http://www.taiseishiryo.jp/tp_detail.php?id=91 )
上記のポイントに沿って分娩に臨めば多くの問題は解決できると思われます。多胎(双子・三つ子)や奇形など分娩前の飼養管理だけでは防げないケースが一定数発生するのは致し方ないのですが、一方で、最終的に実際の分娩を迎えた時に、もしかしたら自然分娩で普通に産まれたかもしれない「避けられた難産」であるケースも少なからず存在します。
お産となるとどうしても人の手で介入したくなるケースはあると思います。特に農繁期や他の仕事が立て込んでいる場合など、目の前のお産から目を離すことができず早く引っ張って子牛が無事生まれるのを確認しておきたい、という気持ちになる農家さんは多いのではないでしょうか。
誤解を生まないために先にお話しておきますが、私は決して「自然分娩が何よりも良い」と思っている訳ではありません。以下に示すような「不適切な助産を避ける」ということが何よりも重要であり、子牛や母牛のことを考えた結果として「介助分娩の必要がある」と判断した場合は積極的に助産すべきだと思います。
では「人為的な難産」「避けられた難産」となってしまうのはどういったケースでしょうか?以下の様なケースでは、人の手で難産を引き起こしてしまっている可能性があります。
1. 早すぎる人為的破水
お産に気が付く最も多いタイミングは牛が尻尾を上げて持続的に息んでいたり一次破水を確認した時ですが、その後は二次破水につながる羊膜嚢=足胞が出てきます。このタイミングでは子宮頸管をはじめとした産道全体はまだ十分に拡張しておらず、羊膜嚢が産道を広げる役割を担います。その羊膜嚢をたとえ意図的ではなかったとしても産道や子宮の中で破ってしまうと産道の広がりが不十分となり、難産に繋がります。
2. 早すぎる助産
1.の話とも繋がりますが、産道がまだ十分に拡張していない段階での牽引介助は当然難産につながります。またその結果、産道裂傷の発生リスクも高まります(3)。分娩の正常な進行としては以下の様な目安時間が示されています。
・一次破水から羊膜嚢の出現まで : 1-2時間
・羊膜嚢の出現から二次破水まで : 30分以内
・二次破水から胎子娩出まで : 30分-1時間
⇒ トータルの分娩時間 : 2−3時間(3、4)
※初産では上記の1.5-2倍時間がかかることがある
3. 胎向・胎位の確認不足
胎子を経膣分娩させるためには、通常胎勢の場合は両前肢と頭が「伏せ」の状態で産道に入っている必要があり、逆子の場合では両後肢の蹄底が上向きで胎子は「腹這い」の状態である必要があります。つまりどちらのケースも胎子は「うつ伏せ」の状態でなければなりません。分娩時にはこの様な姿勢に自然になるケースが多いのですが、胎子は子宮内では横向きや仰向けになっていることが珍しくありません。また、「頭が触れないから逆子だと思ったら頸が曲がっているだけだった」と言うこともあります。横向きや仰向けは2.の早すぎる助産の際に認められやすいですが、胎子の姿勢をしっかり確認することなく助産することは難産や死産=分娩事故につながります。
4. 母牛の保定不足
すでに羊膜嚢=足胞が出てきてお産が始まっている時、慌てて助産をすることもあるかと思いますが、この時、助産途中に母牛が立ち上がったり歩き回ったり暴れたりすると胎子の胎勢が変わったり、最悪の場合では産道内で骨折が発生したりもします。分娩介助する時は、まずは落ち着いて母牛をしっかり保定しましょう。立っている母牛であればいつ座ってもいい様に、鼻先が胸垂くらいの高さになるくらいのやや低い位置で柱に結びます。座って寝ている母牛の場合も不用意に起き上がったりしない様に頭が自由に動かない様な保定をしたいものです。
以上の点に気をつけて、いざ実際の分娩が始まった時の難産を防いでいきましょう。
(1)河原ら, 2013. ホルスタインの泌乳量,繁殖性,死産および経済的効果に対する分娩難易の影響. 日本畜産学会報 84(3):309-317.
(2)Dematawewa and Berger, 1997. Effect of dystocia on yield, fertility and cow losses and an economic evaluation of dystocia scores for Holsteins. Journal of Dairy Science. 80:754-761.
(3)Kovács et al., 2016. Effect of calving process on the outcomes of delivery and postpartum health of dairy cows with unassisted and assisted calvings. Journal of Dairy Science. 99:7568-7573.
(4)阪谷ら, 2015. 牛黒毛和種分娩時の産子, 様態と体温変化の関係. 日本繁殖生物学会大会. 第108回:P-70.