獣医/分娩の管理(30) ―次の妊娠・分娩へ向けて(5)
コラム
【栄養不足による悪影響(4) 初回排卵の遅延】
栄養と分娩の関係について最後のお話は、卵胞の発育と排卵についてです。タイトルにもある通り最初に結論を言いますと、分娩前の糖=グルコースが不足するようなエネルギー状態では初回排卵が遅れます。これはすなわち分娩後の繁殖再開が遅れることにつながるので、空胎期間の延長を招きます。以下でその背景や具体的な数字をご紹介していきたいと思います。
下の図は卵巣における発情周期中の卵胞発育と後退を示した「卵胞ウェーブ」と呼ばれるもので、みなさんどこかで一度は目にしているかと思います。牛の卵巣周期=発情周期は18-24日:平均21日です(1)。この間に2回または3回の卵胞ウェーブがあるので、一つの卵胞が排卵するまでの発育期間は7-10日ほどだということがわかります。
卵胞の発育や排卵のためにはエネルギーが必要でありその中心は糖=グルコースですが(2)、それでは上述した卵胞の発育期間である7-10日間や発情周期である21日間に集中的に栄養度を上げれば良い卵胞に発育して排卵してくれるかというと、話はそう簡単ではありません。
実は卵胞の「真の発育」にはもっと長い期間が必要だと言われています。現在のところ少なくとも60〜90日と考えられており(3、4)、種によっては最大180日にもなると報告されています(5)。具体的に説明しますと、卵胞ウェーブに動員されてくるのは「胞状卵胞」と呼ばれる卵胞であり、臨床的には「小卵胞」「未熟卵胞」とも言われますが、実はこの時点である程度選抜され発育している卵胞になります。胞状卵胞は別名「三次卵胞」とも言われているので、その前には「二次卵胞」「一次卵胞」があり、さらに最初期のものは「原始卵胞」と呼ばれます。つまり、原始卵胞から発育して排卵するまでが「真の卵胞発育期間」であり数ヶ月を要します。
そして重要なポイントとして、この期間に低栄養状態に陥った卵胞は十分な発育ができず、受性能や胚発生率が低下したいわゆる「品質の低下した卵細胞」となってしまいます。特に発育初期〜中期の卵胞においてその影響が大きく、たとえ排卵時に見た目のサイズはしっかり発育して良い卵胞に見えても、卵胞を構成する顆粒膜細胞や卵胞膜細胞の増殖が悪く発情微弱や無排卵になったり、卵細胞の染色体にはダメージが発生していて遺伝子発現に悪影響が出ていたりします(3)。
つまり分娩後10〜30日の間に起こると言われる初回排卵時の卵胞は分娩前40〜60日頃から発育を開始しているので、分娩前からしっかりとエネルギー ≒ 糖が充足していないと排卵が遅れ、空胎日数の延長につながります(6)。放牧乳牛を用いたある研究では、分娩後の飼養管理は全く変えていないにも関わらず、分娩前4週間に渡って圧片トウモロコシを3.5kg/頭/日与えると初回排卵までの日数が12日短縮しました(25.0 ± 3.7日 vs 37.4 ± 3.7日)(7)。
以上の様な卵胞発育の仕組みがしっかり理解できていると、分娩後の繁殖トラブルの原因も特定しやすくなります。例えば「(酪農家さん)分娩後最初の発情はよく分かるけど、2回目以降がよく分からない」「(和牛繁殖農家さん)分娩後40日前後の授精では止まってくれるけど、逆に60-80日では思ったほど止まらない」という様なケースは皆さん経験があるかもしれません。これらは分娩前の栄養はしっかり充足されているので、その時に発育の初期〜中期ステージだった卵胞は分娩後にしっかり排卵し受胎性にも問題がありません。一方で、分娩後の飼養管理につまずいていて低エネルギー状態となっている可能性が高いため、2回目や3回目の排卵(発情)が不明瞭であったり受胎性が低下してると思われます。
これらの解決策は、また今後のコラムの中でご紹介できればと思います。
― 参考文献―
(1)浜名ら, 2006. 獣医繁殖学 第3版. 文永堂出版. p67
(2)Lucy, 2016. The Role of Glucose in Dairy Cattle Reproduction. WCDS Advances in Dairy Technology. 28: 161-173.
(3)Britt, 1991. Impacts of Early Postpartum Metabolism on Follicular Development and Fertility. Proceedings of the annual convention - American Association of Bovine Practitioners. 24: 39-43.
(4)Fair, 2003. Follicular oocyte growth and acquisition of developmental competence. Anim Reprod Sci. 78: 203-16.
(5)Pasquariello et al., 2017. In search of the transcriptional blueprints of a competent oocyte. Anim Reprod. 14: 34-47.
(6)Castro et al., 2012. Metabolic and energy status during the dry period is crucial for the resumption of ovarian activity postpartum in dairy cows. J Dairy Sci. 95: 5804-12.
(7)Cavestany et al., 2009. Effect of Prepartum Energetic Supplementation on Productive and Reproductive Characteristics, and Metabolic and Hormonal Profiles in Dairy Cows under Grazing Conditions. Reprod Dom Anim. 44: 663–71.