獣医/分娩の管理(32) ―次の妊娠・分娩へ向けて(7)
コラム
––– 環境の改善による難産・死産の低減 –––
分娩時の難産や死産がその後の繁殖性に負の影響をもたらすことは、みなさん何となく認識がある通りかと思います。実際に国内外でもいくつか報告があり、軽度の牽引介助では影響はないものの2-3人を要する助産では空胎日数が7.7〜11.38日延長し(1)、数人を要する難産や外科処置を伴うものでは同じく20.55〜29.18日(1)から28〜41日(2)も延長します。
難産や死産の要因としては以下の4つに分類する方法があります(3)
①.直接要因
胎子失位、子宮捻転
②.胎子や母牛の体格要因
胎子体重、骨盤サイズ、分娩時の母牛体重やボディコンディション(太り具合)、妊娠期間
③.非遺伝的要因
母牛の年齢や産次、季節、分娩場所、胎子性別、栄養状態、分娩時のホルモンレベル
④.遺伝的要因
牛の遺伝子型、近親交配、筋肥大の度合い、など
このうち、②と④は精液または受精卵の選択時から関わる事が多く、また太り具合は特に乳牛において交配時点における搾乳日数(DIM;Day in Milk)が大きく影響することから、分娩前の飼養管理ではコントロールが困難です。その一方で、③の栄養状態などは分娩前の飼養管理によって難産を低減させることが可能です(詳しくは以前のコラム:http://www.taiseishiryo.jp/tp_detail.php?id=84)。
飼養管理による難産のコントロールは実は栄養以外の部分でも可能であり、その一つは「環境の改善」によって実現できます。では、環境の改善によって上記①〜④の何をコントロールすることができるのでしょうか?
正解は、………… ①です。
環境の中でも牛床環境に特筆しますが、実は牛が自由に寝起きできる牛床環境にすることで、難産の直接要因である胎子失位と子宮捻転は減少します。
––– 牛床環境の改善によって胎子失位と子宮捻転は減少する–––
その理由ですが、母牛の横臥と起立に関係しています。
実は胎動によって軽度の失位(脚が曲がる、首が横を向く、など)は胎内ではよく起こっていると考えられており、胎子は胎内で動くことで再び姿勢を正しく戻そうとします。多くのケースでは軽い胎動で済みますが、中には大きな胎動になることもあり、そのような場合は母牛も自身の姿勢を変えようとします。寝返りを打ったり起立したりするのですが、失位が自然に治るためにはこういった動作を母牛が思った通りに自分の意志でいつでも自由に行えることが何よりも重要です。逆にいうと、母牛の自由な横臥⇔起立が妨げられてしまうと胎子の失位が発生しやすくなり、難産につながります。
子宮捻転の発生要因も同様であると考えられています(4)。背中から吊り下げられた状態にある子宮はもともと不安定で動きの自由度が大きいのですが、ここに胎子の活発な胎動に合わせて母牛が滑ったり転倒したり、また他の牛から衝突されて急に立ち上がるような急激な動きが加わると、子宮が捻れてしまいます。
以上を総合すると、牛床環境や牛の密度を適切に改善・維持することで、胎子失位と子宮捻転はある程度コントロールできる事がわかります。乾乳〜分娩時期における乳牛の牛床環境としては以下のような指標が示されています(5―7)。
【牛床面積】※ 通路や採食用スペースは含まない=純粋な休息場所
・フリーストール:3.0〜3.5㎡/頭 以上
・フリーバーン :11〜14㎡/頭 以上
【敷料厚】
・常に15cm以上 or 牛が横臥した状態で10cm以上
この数値は和牛繁殖母牛においてもほぼ同様に考えてもらうと良いと思います。牛床面積は飼養密度とも言い換えられますが、和牛では10㎡/頭以上となることが最低条件と思われます。
以上の面積と敷料厚をキープした上で、表面が平らで乾燥した状態の牛床環境が提供されれば牛の安楽性は向上し自由な寝起きができることで、直接要因による難産や死産は大きく減少します。実際に弊社でも上記指標に則って分娩前30-60日から分娩までの牛床環境を改善したところ、乳牛でも和牛でも失位と子宮捻転が減少し難産・死産が減った事例を複数の農場において経験しています。
飼料が高騰し乳量も増加させにくい現状においては、農場の管理頭数を上記の数値を満たすように最適化することも一考の価値があります。飼養頭数を最適化することで結果的に牛の安楽性が向上することで事故頭数が減少すれば、収入は大きく減少せずに飼料費を抑えられます。密度を薄く飼えば牛床が汚れることも抑えられるので、敷料の交換頻度も減らせます。
もし分娩前後の管理改善に悩まれている方がいらっしゃいましたら、この機会に「分娩前の牛床環境を最適化する」ことから始めてみるのはいかがでしょうか。
― 参考文献―
(1)河原ら, 2013. ホルスタインの泌乳量,繁殖性,死産および経済的効果に対する分娩難易の影響. 日本畜産学会報 84(3):309-317.
(2)Dematawewa and Berger, 1997. Effect of dystocia on yield, fertility and cow losses and an economic evaluation of dystocia scores for Holsteins. Journal of Dairy Science. 80:754-761.
(3)Zaborski et al., 2009. Factors affecting dystocia in cattle. Reproduction in Domestic Animals. 44(3): 540-51.
(4)浜名ら, 2006. 子宮捻転. 獣医繁殖学 第3版 : 362–364.
(5)Nordlund, 2014. Five key factors for transition cow success. Cattle Practice. 22:117-122.
(6)Eadie, 2020. Transition cow housing. Dairyproducer. November 3th.
(7)谷川ら, 2019. 乾乳期の乳牛はこうして飼おう. 酪農研究通信, 第27号:1-2